養蜂研修失敗 総括、の巻

さて、今回の養蜂研修の反省です。

やはり、失敗の最大の原因は型枠が
間に合わなかったことにあります。
その型枠の準備は俺ではなく、PENCのOusman氏の担当
だったわけですが、彼を責めたところで、何にもなりません。

謙虚に振り返ってみます。

最大のミスは型枠が遅れたことよりも、研修では絶対に
必要、絶対に遅れてはいけないアイテムの準備を、
不確実なところにしたことかと思います。
PENCと分担をするにしても、この型枠を間に
合わせることについては、俺が責任を持つべきでした。
俺が直接、金属加工屋に何度も足を運び、状況を目で見て
確認し、金属加工屋にプレッシャーをかけるべきでした。

もうひとつは、型枠が間に合わない可能性があるので
あれば、研修を延期するという決断をするべきでした。
「大丈夫、間に合うから」という言葉を、甘く見すぎていました。
研修日2日前の時点で型枠が届いていなければ、PENCの
計画会議の決定事項だろうがなんだろうが、研修の開催は
延期するべきで、もし、もっと遅れて雨季にずれ込む
ようならば、雨季後にまで延期するべきでした。
PENCの会議なんか知ったこっちゃない村人からすれば、
雨季の農業で忙しい時季をはずしてくれる方がいいのです。

型枠とは別の問題として、研修参加者の養蜂に
対するモチベーションにも問題がありました。

実は前回のNdiawara村の研修参加者は俺が一方的に決めました。
たまたま、俺が知っていた村人や、「あの人はよく働く」という
評判をもとに、養蜂を呼びかけていきました。
2ヶ月ぐらいかけて何度も村に足を運び、一緒に昼飯を食べたり、
アタイヤ(お茶)を飲んだりしながら、人間関係を作っていきました。
結果、3日間あった研修には1人も1日も欠席しませんでした。
しかし、問題もありました。
それは研修後に垣間見えてきたことですが、一緒に養蜂をやって
いく仲間間で、もともとの仲が良くない人たちもいたのです。
誰と誰の仲が良いか、悪いかは俺にはわかりませんでした。

それで今回は、言いだしっぺのMady Cisse氏に、「誰と
一緒に養蜂をしたいか、選んでおいて欲しい」と頼みました。
しかし彼は、養蜂メンバー選びをさほど熟慮しませんでした。
おそらく、「6月1日と2日に研修があるから、
来い」と言ったぐらいなのでしょう。
俺は彼が声をかけたPakala村の村人は
訪ねず、一切をMady氏に任せました。
それでうまくいくことを期待していました。
しかし、彼が呼びかけたうちの1人は2日間とも来ず、
もう1人は1日目を早退し、2日目は来ませんでした。
畑作の準備が始まっていたことも原因かもしれ
ませんが、養蜂には興味がなかったのでしょう。

本来は、メンバー選びはMady氏に任せ、メンバーが決まったら
俺が彼らを訪ねて養蜂について話を進めていって、
養蜂への興味を駆り立てれば良かったのかもしれません。
もし、その時点で、彼らが養蜂に興味がないことに気づくことができ
たら、またMady氏を交えながら、メンバーを再考できたはずです。

自分では、喜怒哀楽のうちの「怒」の
感情はほとんどない方だと思っています。
しかしさすがに今回は、怒る日々が続きました。
それでも、それが爆発したり、不健康な思考
回路に陥ってしまうことはありませんでした。


2日目の研修当日の、早朝、村内で蜂蜜を売り
歩くSaco氏をたまたま見かけました。
自ら調達したマヨネーズの空き瓶に蜂蜜を
入れ、文字通り、売り歩いていました。
「蜂蜜ぅ~、蜂蜜ぅ~」、と。
ちょうど、俺が怒りまくっていたときです。
気分が救われた気がしました。

(6月7日 追記)
研修で逆ギレをしたMbap村のMady Cisse氏からの電話で起床。
「養蜂箱に蜂が住み着いたよ!ありがとう!」、と。
「inchallah(アッラーのみぞ知る。セネガル人が多用する
台詞。)」に振り回された研修ですが、とりあえず、アッラーは
蜂を無事、養蜂箱に引き入れてくれたようです。
逆ギレ事件で「帰りやがれ!」と言わんくて良かったー。

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